2014年8月12日火曜日

第5回Sapientia会研究会



  去る726日(土)、上智大学11号館にて第5Sapientia会研究会が開催されました。今回は、史学以外の専攻の方々、および学部生の方々を含め、20名ほどにお集まりいただき、盛況のうちに幕を閉じることができました。ご参加くださった皆様、どうもありがとうございました。
この度の報告は、中世イングランドの国王ヘンリ6世に対する研究史上の扱いを論じた西村氏と、古代日本における貢納物としてのアユの性質を検討した渡部氏の2名にお願いしました。院生と学部生という立場の違い、中世ヨーロッパ史と日本古代史という専門の違いこそありますが、両名とも自らの研究において明確な問題意識を持っており、修士論文と卒業論文に向けたビジョンもそれぞれ語っていただきました。学部生の方にとっては、来るべき論文執筆のモデルとしてもお聞きいただけたのではないかと思います。
 以下に報告の要旨と、質疑応答の様子を紹介します。ご参加くださった方には内容の再確認として、また今後のSapientia会研究会に興味のある方には会の様子を知る一助としていただければ幸いです。





ヘンリ6世の王権――研究史の整理と今後の展望――

文学研究科史学専攻 西村典之


 西村氏の発表では、日本では馴染みの薄いイングランド王ヘンリ6 (Henry VI, 1421-1471、在位1422-1460, 1470-1471) について、その研究史の整理と今後の研究への展望が述べられた。まず西村氏はヘンリ6世やその治世の研究が、日本だけでなくイギリスにおいても盛んではない事を説明する。そのうえで、当時の年代記の記述やイートン・カレッジ設立者としてのイメージによって形成されたヘンリ6世についての「伝統的な見解」が、シェークスピアの文学作品を通じて一般に流布したことを指摘した。そしてこのような「伝統的な見解」に対する批判として、西村氏はネーミア史観の影響を受け個人や個人の利益追求に着目した研究について検討を加え、さらに政治思想などを含んだ広義の「構造」に着目して、15世紀における「政治的階級」の役割を明らかにしようとする試みなどを取り上げた。また今後の展望として、我々が通常「イギリス」と呼んでいる国の情勢の変化などに伴い、これまでの国民国家を前提とした歴史叙述からの脱却を図った「複合国家論」が提唱されていることや、政治史の文脈において「カレッジ」をどう位置づけるかといった課題が示された。
質疑応答では、ヘンリ6世の治世の「イギリス史」の大きな流れの中で位置づけや、中世に起源をもつ他のカレッジとの比較、「王権」という概念についての定義などについて質問がなされ、活発な議論が行なわれた。






献/貢納されるアユ――贄貢納の伝統から「氷魚使」まで――

文学部史学科 渡部敦寛


 日本の古代社会では魚をどう食し、またそこにどのような文化的価値を置いていたのか。本報告はそのような問題意識に端を発している。日本古代の鵜飼を卒業論文として扱う渡部氏は、本報告においてその派生的な関心から、王権に貢がれ、あるいは神前に供えられる供物としての淡水魚・アユの問題を取り上げた。そのため、報告の重点は海水面ではなく、内水面の漁撈に注がれている。
渡部氏の報告ではまず、奈良県・纒向遺跡での川魚骨の出土、「食国之政」などから話題を提供した。次に『延喜式』における貢納アユを検討し、産地・収取体系の別による、その多様な保存・貢進方法があったことを確認。その後、史料に依りつつ、伊勢神宮へのアユ供献・吉野国栖から王権へのアユ貢納の伝統性を捉えた。報告の末尾では、平安時代以降の桂川・宇治川・近江田上等での供御漁を紹介し、重陽節での氷魚(アユの稚魚)を賜う儀に触れ、結ぶ。
 
質疑応答では、貢納物としてアユが一定程度重視されていたことの観念的な背景には何 があったか、海産物のイメージの強い伊勢という地域においてもアユが神前に供献されていたのはどのような背景によるものか、等の鋭い質問が寄せられた。古代社会と魚介類との関わりを考えれば、無論、アユにのみ特別な比重が置かれたわけではない。しかし一方で、たとえば吉野国栖の貢納物としてアユが珍重されたように、地域を限定的に眼差せばやはりアユが重視された場所も存在した。
 本報告を通し、日本古代における地域的特産物としてのアユの存在が浮き 彫りになったのではないか。渡部氏は、特産物をめぐる中央と地域との関係を考える上で、そうした地域的偏差は不可避のもので、それが同時に地域文化の多様 性を表すものと捉える。氏は今後、魚介類の自然環境的な偏差を前提としつつ、それが人間社会の文化の地域的展開・地域的偏差とどう照応していくか、古代社会を中心に検討していきたいとする。

※本エントリーの写真は、報告者の許可を得て掲載してあります。


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 上智大学Sapientia会は、同大学院に在籍する学生の相互交流を目的とした横断的研究会です(運営は現在史学専攻による)。第6回研究会は、2014年秋に開催予定です。また本研究会を踏まえ、研究会誌『紀尾井論叢』の発刊も計画しています。研究会および雑誌に関心がおありの方は、sapientiasophiaXgmail.com(Xを@に変換)までご気軽にお問合せください。